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カテゴリ:越後33観音札所巡礼( 22 )

番外編~自転車巡礼までの長~い前置き~

昨日のブログで農業大学校での研修はお知らせしましたが、実はその前(午前中)に33観音札所の巡拝に行ってきていたのでした。

農業大学校の最寄の駅は越後線の巻駅で、あいにくそこからの交通手段がよくなく(=バス路線がない)、「歩けば早足で40分くらいですかね」という担当の方のお話だったのでそのときは歩いていこうかなと思っていたのですが、昨年7月の秋冬野菜栽培講座のときには実技研修で播種したポットを持ち帰ったことを思い出し、もし今回も…と思ったらそれを持って歩いたり電車乗ったりするのはちとシンドイなと思い、なやむなく車で行くことに決めていたのでした。
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でも、ただ車で行って帰ってくるのもつまんないなと思い…近くに観音札所がないかなと探したら、巻駅からバスと徒歩で30分くらいで行ける景清寺がありました。
しかし、巡拝には(自家用)車は使わないで公共交通機関と徒歩で行くと決めていたのでそこでまたウーンとなってしまいました。

そして、次に考えたことが車を巻駅に置いて、そこからバス~徒歩で行くという案でしたが、これもなかなか難しくて…というのも、午後の研修に間に合わせるための帰りのちょうどよいバス時間がなく、これもあえなく断念!

ついには巡礼そのものをあきらめて大人しく(?)研修だけで帰ってこようかと思って、暫時休憩のコーヒー・タイムに部屋から廊下に出たら、そこに愛車GIANT・TCRが…!
「これだね!」ということで、最終的にどうしたかというと、農業大学校に車を置いて、そこから愛車(自転車です)で行くことにしました。

いつもながらの長い前置きですみません。

自転車については今までブログには出てこなかったと思いますが、10年くらい前から、そのころちょうど東京事務所にいて、JR山手線御徒町駅近くの自転車店でほぼ半値くらいで購入したMTBにときどき乗ってはいたのですが、昨年4月に新しくロードモデルタイプ(それが“GIANT・TCR”)に替えて(ちなみにMTBは長男に譲って)、といってもそんなに熱心な自転車乗りではなくて、天気のいい休日にときどき思いだしたように走るくらいなんです。

そんな“不真面目な週末ライダー”なのにどうして自転車で…と思ったかというと、なんと5月31日(日)に“第13回センチュリー上信越”という「一般公道を使用しての自転車による長距離フリーラン」(「開催案内」から)に無謀にもエントリーしてしまったのです。

さて、ここで問題です。
“長距離”とはどれくらいだとお思いですか?
ヒント①大会名でもおわかりのように、直江津⇔長野の往復です
ヒント②制限時間は10時間

そんなんで、少し“真面目に”練習しなきゃいけないと思っていることもあって、今回“自転車巡礼”を思い立ったわけです。

ということで、いつもの巡礼記はまた明日です。

そうそう、さきほどの答えは…“160km”でした!!
by mm-nadachi | 2009-03-12 22:24 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

番外編~北条時頼との遇合(?)~

久々に映画館で映画を観てきました。

映画館は館内に8スクリーンあるシネマコンプレックス型で、今日はなんと16もの映画が上映されていました。
人気映画ベスト5がHPで紹介されていますが、私が観たのは、「750年前の乱世の鎌倉時代。困窮する人々やいくさで滅ぼされた怨霊におびえる時の権力者の苦悩を自らもひとつになって受けとめていった孤高の人、道元禅師」の半生を描いた 「禅」です。

毎火曜日はメンズ・デイで通常1,800円の入館料が1,000円というサービス・デイにもかかわらず、観客はわずか6人で、もちろん(?)この映画はベスト5には入っていません。
たしか村上春樹の小説にも「映画の出演者より少ない観客」という映画館がでてきたような記憶がありますが…。

前置きが長くなってしまいましたが、映画の内容は(関心のある方は)インターネットでご覧いただくとして、さきほどの「いくさで滅ぼされた怨霊におびえる時の権力者」というのが、鎌倉幕府第5代執権(在職1246年-1256年)の北条時頼なんですが、なにを隠そう、越後33観音札所はこの北条時頼が執権職を辞してから出家(⇒「最明寺入道」)した後で巡錫して定めたといわれているのです。

そして、2月の北鎌倉寺院巡りで最後に訪れたのが明月院で、そこには北条時頼のお墓があったことも思い出しました。
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これもみんな単なる偶然といえばそれまでですし、これが五木寛之のいう「他力」のなせることなのかはよくわかりませんが、ともあれ33観音札所巡りはまだまだ続きます。
by mm-nadachi | 2009-03-10 22:57 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅷ~久々の雨の巡拝~

3月7日(土)、今日で16番目の巡拝になります。
ようやくというか、もうというか…約半分が終わります。
これからは農園仕事も始まり、今までのようなペースは難しくなるかもしれませんが、“桜前線”と歩調を合わせる感じでゆっくり北上していこうと思っています。

□第10番札所《長徳寺》(十日町市(旧川西町)ほくほく線十日町駅~バス30分~徒歩10分
浦川原駅ではポツポツ降っていただけだったが、十日町駅前はしっかり雨。
十日町駅から“ただひとりの客”として乗車。
「観音様入口」で下車。バス停の名前(“様”)からも地域における信仰の深さが感じられる。
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先日、33観音札所のご本尊の仏師(彫刻師)の中に聖徳太子の名前を発見して驚いたが、この長徳寺は約1200年前に征夷大将軍坂上田村麿の開設とのことで、日本史の教科書でしか見た(聞いた)ことのない人物が突如現れてくるのがこの33観音札所巡りの楽しみでもある。

手元にある「越後巡礼」には「茅葺の仁王門は町の文化財」とあったが、茅葺の維持管理が大変とのことで3年ほど前に銅板を被せたとのこと。
それでも、屋根からの緩やかな曲線が美しい。
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そして、境内の天を突くばかりの杉の大木が歴史の長さを物語っている。
境内を散策している間に地元の方も参拝に見える。
バス停の名前に納得する。

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本日の“ついでの楽しみ”の一枚です。

十日町市では「アートがかおるまちづくり事業」として昨年で14回目となる十日町石彫シンポジウムが行われています。
これもメイン通りに展示してあるひとつで「BACK STAGE #5」という作品でしたが、こんな感じで聞く人の心を揺さぶるような音が出せたらいいですが…。c0187298_0145120.jpg

by mm-nadachi | 2009-03-10 00:08 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅶ~初の2日続けての巡拝~

巡拝の前に午前中は農園へ野菜を取りにいってきました。
キムチ用の白菜と大根のほか、キャベツ、ブロッコリー、カブ、チンゲンサイ、ミズナなど、少雪とはいえ健気にも雪の下でじっと“待っていてくれた”野菜たちでした。

そして、午後、昨日に続いて巡拝に出かけました。
今日も“ついでの楽しみ”を楽しみに…

□第16番札所《椿沢寺》(見附市)信越本線長岡駅~バス30分~徒歩5分

どの札所も由緒ある寺院であるが、またそのご本尊の由来がそれぞれあっておもしろい。
椿沢寺のご本尊はその名からも推察できるが、倉茂良海氏編の「越後巡礼」によれば…
「昔、この村に椿の霊木が流れ付いた。ちょうどその頃、このあたりを巡錫中の行基菩薩がこのことを聞きつけ、その霊木を一刀三礼して彫刻したのが、御丈三尺五寸の本尊千手観音である。」
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また、「上杉謙信公もこの観世音を深く信仰され…今でも謙信公から頂いた礼状や仏具などが寺宝として残されている」そうだが、残念ながらどれも見ることはできなかった。
しかし、本堂や観音堂、仁王門などで仏師や大工の有名無名にかかわらず長いときの経過を感じさせる木像や仁王像などを見ることができ、いつものことながら先人たちの素晴らしい匠の技に頭が下がるだけであった。c0187298_2255633.jpg


バスで見附市に向かう。
てっきり見附駅にも行くものと思っていたらどうも違うみたいで、(どこにでもあるような)本町というところで降りる。
時間も十分あったのでとにかく駅を目指して歩く。
途中、雁木を見かける。

c0187298_22553277.jpgしかし、駅に向かうにつれ街の顔が変わってきて、というよりまったく街の顔が見えない(どこにでもあるような②)街並みが続く。
昨日の出雲崎の妻入りの街並み、そして今日の雁木。
郷愁だけで生きていくことはできないが、一度失くしたら郷愁はもう取り戻せない。

さて、今日の“ついでの楽しみ”は“ジャズ・イン・アルカディア~チャリティライブ~”で、収益金の一部を骨髄バンク団体に寄付するというもので、数日前の新聞でたまたま見かけたもの。
出演はA‐OUTという、以前から名前だけは知っていたサックス奏者(といっても彼が見附市職員ということも今回初めて知ったくらい)のほか、ピアノ、ギター、ベース、ドラムのジャズ・クィンテットで、ジョン・コルトレーンや自作の曲の合い間に、EKILEや一青 窈のヒット曲など約2時間のコンサートを楽しんできた。

こんなコンサートをいつか自分でも演ってみたいとは思うが…。

それにしても、会場(見附文化ホール)の事務室で以前当市の文化会館に勤務していたS氏に会ったのにはお互い驚きを隠せなかった(昨年4月に転勤されたそう)。

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初の2日連続の巡拝に加え、どうも2日とも“ついでの楽しみ”のほうにエネルギーを使ってしまったようで、反省です。なかなか思うようにはいきません。

といいつつ、農園仕事が本格的に始まる4月まであと一ヶ月。
そして、だんだん遠くになっていく観音札所。
まだまだ先は長い。
by mm-nadachi | 2009-03-03 22:36 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅵ~ついでの楽しみすぎ~

しばらくご無沙汰していたら…3月になっていました。

今月末にはもうジャガイモ植えも始まっている(ひょっとしたら終わってる?)のかと思うとなんだか気ぜわしくもなりますが、農園仕事に限らず“焦らず慌てず諦めず”の3A(あ)で今月もがんばりたいと思います。

そういえば先週、“仏像師”のSさんのところに昼食配達に行ったときのやりとりです。
「だいぶ雪消えたね。もうじき田んぼ(仕事)できるんじゃないの?」
「まだだめど~。土がまだあったまってないすけ~。」
田畑から雪が消え、暖かくなってきても田畑仕事は土が目覚めないとだめだということなんでしょうね。
土とともに暮してきたSさんならではの言い方、というか感性でした。

ということで、青空に恵まれた週末でしたが、農園仕事は冬野菜の収穫だけにして、今週は初の土日連続の巡拝に出かけてきました。
今回は先週のバタバタ巡拝を反省し、時間的余裕をみて、なおかつ巡拝先での“ついでの楽しみ”も予定に入れておいて…。

□第19番札所《光照寺》(出雲崎町)越後線出雲崎駅から徒歩60分
出雲崎といえばいわずと知れた「良寛さんのふるさと」であるが、駅前には「“海雪”ジェロさん、NHK紅白出場おめでとう!」と「地震に負けません!復興に向けて合言葉は元気!出雲崎!!」の大きな看板も掲げられている。c0187298_21575865.jpg

そういえば良寛さんは文政11年(1828年)三条に大地震があったとき「災難に逢ふ時節には災難に逢ふがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候」という“とんでもない”(もちろん、真意は「自然にさからわず安息を得る」ということ)(松本市壽著「良寛 乞食(こつじき)行脚」から)見舞状を送ったとされているが、没後約180年後の中越沖地震やジェロ騒動をどのように見ているのであろうか?
「すべてなるがままじゃ」とでも言っているのだろうか…。

駅から久々に長い道を、それも海からの風に向かって歩くことになるが、それでも15分もすれば汗をかき始める。
出雲崎中学校のグランドからは野球部員の元気な声が聞こえてくる。

駅からは「良寛ウオークマップ」の道順どおりにしてまずは良寛記念館へ。
約20年ぶりの2度目の記念館だがなんとなく感じが違う。
「3年ほど前に内部改装をしまして…」と案内係のお話で納得。
記念館の中は大半が良寛さんの書。
書はまったくの門外漢ではあるが、「音の詩人」とも「耳の詩人」とも言われる良寛さんの句、詩などが、その生き方同様、自由奔放に心のおもむくままの流れるような美しい字体、というか見方によっては絵のようで、見るものの心までのびやかにさせてくれる。
お土産に良寛書の「般若心経」を購入。3,000円。
なんでも10文字くらい脱字があるそうで、今度チェックしてみよう。

記念館から石段を登ると「にいがた景観百選一位当選の地」である「良寛と夕日の丘公園」がある。
眼下にはかつての北国街道出雲崎宿の妻入りの街並みと良寛堂、その先には日本海が広がり、そして遠くに佐渡ヶ島の影が揺らめいて見える。
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街並みの中にある良寛堂は良寛さんの生家の跡地に建てられていて、この良寛像も日本海を静かなまなざしで見つめている。c0187298_2221467.jpg


出雲崎の街を歩いているとここが歴史のある街ということが伝わってくる。
江戸幕府の代官所跡地、北前船が寄港した港、佐渡からの金銀を運んだ北国街道に残る妻入りの家並み、そして良寛さんが少年期を過ごしたゆかりの地…

その中に生家の菩提寺である円明院があったのでちょっと寄り道したら、石段の下に一匹の猫。
昔、飼っていたミーにそっくりだった。c0187298_222434.jpg


“ついでを楽しみ”すぎて、ようよう観音札所の光照寺に到着。
ここも石段を登った高台にあり、日本海が見渡せる場所にある。
「良寛和尚出家の寺」とお寺のパンフにあるように、ここは良寛さんが18歳で入山・剃髪し、4年ほど修行したお寺でもある。
だが皮肉にもいちばん良寛さんが感じられない場所でもあった。c0187298_2232610.jpg


前には日本海、そして背に山。そこに街並みが続く。思えば出雲崎はわが“灘立”とよく似ている。

街並みを抜けて、天領の里で(あまり潮の香りのしない)“サザエご飯付きラーメン”を食す。
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敷地内に良寛さんのこどもの頃の石像があった。ひざ小僧を抱えてジッと海を見つめている。2年前に来たときは何気なく見ていたのだが、これも良寛さんらしいエピソードに基づくものということが今回初めてわかった。c0187298_2242994.jpg


帰りはバスで柏崎駅まで爆酔。
“ついでの楽しみ”も楽じゃない。

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ということで、というよりもこのほかにもまだまだ“報告”したいことはいっぱいあるのですが、“そろそろにしなさい”という声が聞こえてきました。

このように、この日は巡拝というよりはまさしく良寛さんを訪ねる、いや、知る旅であったのかもしれません。

そんなわけでしばらくは今野敏と良寛さんを読んでいくことになりそうだなって思った帰りの電車でした。

最後に良寛さんの句から…

「天寒し自愛せよ」
(ともあれ寒い時節であるから身体をどうぞ大切にしてください)
by mm-nadachi | 2009-03-02 21:51 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅴ~行基、弘法大師、泰澄、聖徳太子~

先週は青梅マラソン参加で行けなかったので今週こそはと思っていたのですが、悪天候の予報(事実、土曜日は風も強く寒かったです)だったり、デジカメが修理中だったり、そして、体調的にも万全でなかったので、土曜日の夜までは行かないつもりだったのですが、日曜日の朝の青空が「さぁ、行こう!」と誘っているような気がして、デジカメも借りることができましたし、体調もなんとか回復してきたようだったので、急きょ午後から(午前は灘立農園で白菜や大根などを収穫したり、フキノトウを採ったりしてました)出かけることにしました。

もともと今週は長岡駅を拠点にして長岡市と小千谷市、見附市内の3札所を回る計画だったのですが、午後からの半日でしたので、見附市は次回にして、いつものとおりのんびりと信越本線で長岡駅に向かいました。

□第15番札所《千蔵院》(長岡市)信越本線長岡駅から徒歩10分
長岡市へは県立近代美術館や駒形十吉美術館、そしてリリックホールなどにはときおり行くことがあっても、駅前通りを歩くことはずいぶん久しぶりのような気がする。
だから厚生会館くらいしか印象に残っていなかったが、なんだか長い行列が続いていて、バス停にしてみたらどこ往きだろうと思っていたら、ケーキ屋さんの前からのようで、先日、テレビで見たシュークリームの特別格安販売(1ヶ39円!)だった(ちなみにかつて長岡市に本店がある銀行で勤務していた妻の話によると“美松”というお店らしい)。

残念ながらその列を横目に眺めながら、最初の千蔵院に向かう。
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千蔵院のご本尊は千手観世音菩薩で行基(668~749年)の作と伝えられている。
今、読んでいる梅原猛著「日本仏教をゆく」(朝日文庫)でも、行基については「木像仏を多く作ったことは疑い得ない」としており、仏像彫刻を泰澄から習ったのではないかと記されている。

泰澄は私のまちにある第一番札所“岩屋堂”の聖観世音菩薩を彫刻した仏教者であり、改めて33観音札所のご本尊の製作者をみてみると、最も多いのがこの行基で12体、次が弘法大師の5体、そして泰澄と(なんと)聖徳太子の4体が続く。

巡拝の楽しみは前にも書いたように初めて訪れるまちを歩くこともあるが、こうした歴史のある芸術性の高い仏像や観音堂、寺院を見ることも大きな喜びである。

当然、その中のいくつかは県や市町村の文化財に指定されているようであるが、こうした優れた建築物や仏像がもっと広く知られ、そして次の世代(時代)にも継承されていくことを願わずにはいられない。

□第14番札所《真福寺》c0187298_037272.jpg小千谷市)長岡駅からバス30分~徒歩15分
長岡の三尺花火をまだ直に見たことはないが、ここ小千谷市片貝も花火が有名で、商店街の看板も「花火と職人のまち」となっている。


千蔵院前から小千谷行き急行バスに乗る。

以前も書いたように今回の巡拝には自家用車は使わないで、電車とバス、そしてあとはひたすら歩くことにしているせいもあるが、今回ほどバスの有難みを感じていることはない。ただ、どのバスに乗っても乗客が少ないのは私の地域と同じである。
ますます進行する高齢化や地球温暖化など環境問題も含め、バスや電車など公共交通の果たすべき役割が大きいことは誰もが否定しないであろうが、今の車中心の流れを変えること、とりわけこの雪国においては不可能に近いことなんだろう。

だから、自分ひとりがボラに行くときには電車を、そして巡拝には電車とバスを使ってもそれは単なる自己満足にしか過ぎないのだろうが、さりとて今の自分にできることからすればこれからもこうやっていくしかないんだろうと思う。

閑話休題

仁王尊が大きな目を見開いて出迎えてくれる。

c0187298_0401215.jpgこの仁王尊、そして仁王門や観音堂も片貝や長岡の“職人”が安永(約230年前ころ)、そして弘化年間(約160年前ころ)に造ったものとのこと。
とくに仁王門の素朴にして精緻な彫刻が素晴らしい。











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これも今回の“遵守”事項だった“決して走らない”をとうとう破り、1時間に1本のバスにようやく乗り込む。

走ったのはちょうど1週間前の青梅マラソン以来で体が重い。
明日からまたラン練習再開しなきゃと思いつつ、汗だくの体を拭きながら帰りの来迎寺駅に向かう。

次回からは時間にゆとりをもってもっと“楽しむ”巡拝にしよう。
by mm-nadachi | 2009-02-24 00:27 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅳ~初めての青空~

 今回は先日もお知らせしたように、南魚沼市と魚沼市に行ってきました。
 それにしても、この新しい市の名称ですが、それでなくても旧町名との関係がよくわからないうえに、“南”がつくとつかないでどう違うのか…本当にこんがらがっちゃいますね。

 それはともかく、今回で4週連続になりますが、初めて雪や雨もなく、それどころかこれまでの冬空におつりが出るほどの快晴でした。

 それでは巡礼記Ⅳをお届けします。

□第12番札所《天昌寺》(南魚沼市(旧塩沢町))上越線塩沢駅から徒歩30分
 直江津駅から約3時間、長岡までは雨のあとがあったが、塩沢駅では一面の青空。
 今日は長靴ではなく踝が隠れるくらいのブーツ。
 歩いて10分くらいで汗をかき始め、防寒着を脱ぎ、“おいずる”姿で歩く。
 行き交う人や車で通り過ぎる人の視線を感じる。
 こうした服装で、しかも歩いて巡拝する人が少なくなったということか…。

 通常、ご本尊等は参拝する場所から遠くにあるが、ここはご本尊(観世音)とその両脇の多聞天、地国天像を間近に拝むことができ、鎌倉時代の作という力強さに圧倒される。

c0187298_0473534.jpg□第11番札所《大福寺》(南魚沼市(旧塩沢町))上越線塩沢駅からバス15分徒歩5分
 前回の轍を踏まぬよう、20分も前からバス停でお昼のアンパンをかじりながら待つ。
 道路の反対側の食堂からはうまそうなラーメンの匂いが…。
 しかし、我慢、がまん。

 バスから「越後一の寺・雲洞庵」の案内表示を発見。
 それよりも“景勝、兼続が学んだ寺”のほうがいまどきのキャッチコピーなのだろうが、今回は時間的な余裕がなく、(いつになるかわからない)次回にすことにする。

 本堂横の観音堂で参拝。
 誰もいないと思うと読経も下手ながらについ声が大きくなる。

 ここの境内に樹齢800年以上といわれるイチョウの大木があり、今あるのは、以前落雷で焼け残った半分程度というが、見事に青空に向かって聳え立っていた。c0187298_0493587.jpg


□第13番札所《弘誓寺》(魚沼市(旧堀之内町))上越線越後堀之内駅から徒歩30分
 塩沢駅までバスで戻り、近くを少し歩いていると、いきなり古い街道のような町並みが広がる。
 なにかと思って見渡すと、「ようこそ三国街道塩沢宿へ」と書いた看板があった。c0187298_051761.jpg

 お店の人に聞くともう少し延長されるそうで、「雪国の歴史と文化が薫るまちづくり」整備計画の一環らしい。
 
 多くのまちが躍起になってこうした中心市街地活性化策を検討しているが、私が小さかったころ、たまに父に連れられて“街”に出かけたことがあった。その前の日から期待いっぱいで、でも、なにかを買ってもらえるとか、なにかができるということではなく、ただ“街”に行けることが嬉しかったことを覚えている。

 時代が変わり、そして年齢を経た今と当時を同じく考えることはできないにしても、今の“街”にはこうした思いに応えうるなにがあるのだろうか?そして、私たちは“街”になにを求めているのだろうか?

 そんな昔のことを思い出してみたり、今は“街”へ向かうよりはこうして季節を肌で感じながら、ひとりで里道や山道を歩くことで感じる穏やかさを大切にしようと思ってみたり…。
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 そうこうするうちに、弘誓寺(“ぐぜいじ”と読む)に到着。
 「例年の三分の一くらいしか雪が降らなくてね」と納経所で聞く。
 その中に、春を待ちわびる気持ちとともに、雪の少なさをどこかで寂しく思う越後人を見た気がする。
 
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さて、今週は巡拝はおやすみにして、15日(日)に青梅マラソン10kmを走ってきます

ということで次回ブログは来週の予定です

みなさんもお元気でお過ごしくだい
by mm-nadachi | 2009-02-13 00:38 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅲ

まずは昨日の続編といいますか、「そういえば…」ということで、今日、父の作った石像を見に行ってきました。

というのも、今はもう家にはなく、写真の背景からもおわかりいただけると思いますが、家のお墓や菩提寺境内に置かせていただいてあります。c0187298_029552.jpg
この坐像は顔だけ作ったようですが、“鼻筋が通った”とてもいい男の顔に見えませんか?
でも、これが父の顔に似ているかと言われればかなり疑問ですけど…。

さて、一昨日の「巡礼記Ⅲ」です。

今回も今日のような青空には恵まれず、雨の中での巡礼でした。
そんなに雨男、もちろん雪男でもないんですが、こうなればあとは風だけ…?

今回は刈羽村の2ヶ寺への参拝で、ほとんど乗車したことのない越後線で西山駅からのスタートでした。

□第5番札所《宝蔵寺》(刈羽村)越後線西山駅から徒歩15分
ここで7番目の参拝になるが、ほとんどの寺院が上杉謙信本人、または上杉家にゆかりがあり、今さらながら越後における当時の上杉家の力(影響力)の大きさを感じる。

納経帖と“おいずる”にご朱印をいただこうとして、そのままご住職に手渡そうとしたら、「これは風呂敷のようなものの上に置いてお願いするものです」と優しく諭される。
知らぬとはいえ恥じ入るばかりであった。
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□第6番札所《常楽寺》(刈羽村)第5番札所から徒歩45分(刈羽駅から徒歩15分)
雪なら傘がなくてもかまわないが、さすがに雨は体が濡れてしまい、前回の雪のときより体感温度は低く感じる。

国道116号線脇の歩道を車のしぶきをよけながら歩く。             *右のレールが越後線で、左側が国道116号線
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ここも無住のため地元管理となっているが、こうした寺院はどこもきれいに管理されていて、これは長い歴史の中で自然に受け継がれてきた篤い信仰心なのだろうか?c0187298_0384865.jpg


今日で8札所の参拝が終わり、残り25札所。
これからは今日と同じように初めて訪れるまちが多くなってくる。
それを楽しみにまた歩いてこよう。
by mm-nadachi | 2009-02-03 00:26 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)

巡礼記Ⅱ-2

□第7番観音札所《摩尼珠院》(柏崎市)第8番札所から徒歩50分
“憤懣やるかたない”と思ってみたものの、当初の計画では8番札所から7番札所までの約4kmは歩くつもりだったわけだから…と冷静を装いつつ、ひたすら雪でぬかるむ歩道を進み、10時30分着。

ここ摩尼珠院も住職不在により地元管理になっていて、「最近、賽銭泥棒があって、現在は施錠している」とのことでガラス戸越しに読経する。
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その後、妻から電話あり。
悪天候の中での強行による“安否確認”かと思いきや、まったくの別用件。
やれやれ。

午前中の予定を終え、再び歩いて柏崎駅まで約4kmの道のりを目指す。

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*途中、キウイフルーツの木から一斉に飛び立つスズメの群れ!

海に向かっているせいか風が真正面から吹いてくる。
最後は自棄気味に傘も差さずに歩く。
まったく俺はなにをやってんだろう…と、ふと思う。

その思いも柏崎駅前の“大ちゃん食堂”の豚骨ラーメンとギョーザで一瞬のうちに霧散霧消!

さて、午後はなにが待っている?!

□第3番観音札所《大泉寺》(柏崎市)信越本線米山駅から徒歩60分
柏崎駅からいったん直江津方面に4駅戻り、13時10分米山駅下車。

今回の巡礼は、第25番札所真城院(新潟市)の倉茂良海氏編の「越後巡礼~33観音札所~」を基に計画を立て、あらかじめ各札所へは参拝予定の連絡にあわせて道順の照会、そしてバス会社へも路線や発着時間の照会などを行いながら進めている。

大泉寺については「冬期は不在となることもあり、注意」とあったため、春になってからにしょうかとも思いながら電話したところ、「不在ではあるが、参拝は可能」であり、「徒歩でも大丈夫」とのことで今回のコースに含めたのであったが…。

米山駅のすぐ裏の日本海からすさまじい向かい風。

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再びくじけそうになる思いを風で吹き飛ばさせながら、大型トラックがしぶきを上げて行き交う国道8号線を歩いていくと、道端に旧参道の道標と石仏。
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無事の参拝を祈って再び国道を歩き始め、「重要文化財・大清水観音堂」の大きな看板から左折し、上り道に入る。

“人”の足跡はなく車の轍もうっすらあるだけで、ただ雪一面の登り坂を意地になって歩く。
そのころからすでに妙に得体のしれない恐怖心がうごめき始めていたが、ここまで来て引き返せるかと思い、さらに進む。

坂を10分登ったところに車と徒歩の分かれ道。
車は残り1.5Kmもあるが、先には広い道が伸びている。
徒歩はあと500mだが、これはもう登山といった感じの山道が森の中に消えていく。c0187298_2036143.jpg


雪は降り続く。
周りに人影はない。
「登るか?帰るか?」
最後の選択!?

今、思うとこんな状況の中、どうして無謀にも登り始めたのか、よくわからない。
ひとつ間違えば熊との遭遇?
それとも雪道から落下?
観音様に導かれて…それはない。
やっぱり意地かな…、でもなんに対する意地だったんだろう?
「今日はやめておけ!」と8番札所で言われたことへの反発か?
それとも自分へノルマとしてだったのか?

ともあれ、泣きたくなるような心細さで登ること10分。
ようやく木々の間に観音堂が見えたときの安堵感。c0187298_2017796.jpg


無人のため、滴り落ちる汗を拭く暇も惜しんで読経し、ご朱印をいただく。

帰りは一気の坂道。
国道に出るまでは恐怖心から逃れるようにほぼ駆け足。
こんなところで日ごろのランの成果が生かせるとは…。

14時30分、無事に米山駅着。
往きは60分、帰りは30分。
この時間差が全てを物語っている。

□第4番観音札所《妙智寺》(柏崎市)鯨波駅から徒歩10分
米山駅は無人駅で待合室には暖房がないが、それでも、待ち時間に汗を吸い込んだタオルを替えたり、雪風をしのげるだけでもありがたい。

家を出てから約9時間。
この間、4時間弱の徒歩と寒さで疲れも感じていたが、予定どおり最後の参拝先に向かう。

15時10分、鯨波駅着。
風は少し弱くなったようだが、その分、雪が強くなっている。
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山門をくぐって本堂に向かう。
今日、初めて本堂の中で心静かに読経ができた。
帰りに「雪の中、ご苦労さんですね」と、なぜかチーズを2ヶいただく。

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ここの地(駅)名のとおり、“鯨”と青い“波”が描かれている駅舎で持ってきたどら焼きを頬張り、そして、冷めたお茶を飲む。

とにかく終わった。

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大変長くなってしまいましたが、こうして、とにもかくにも無事に第2回参拝を終えることができました。

本当に“無事に”という言葉をこんなに強く感じたことは最近にはないことです。
これは決して大袈裟ではなく大泉寺の山道を登りながら一瞬とはいえ“死”ということが脳裏をよぎりました。
それほど正直、怖かったです。
でも、これを裏返して「まだ死にたくない」というふうに考えれば、もっとしっかり生きなきゃ…ということなんでしょうね。
by mm-nadachi | 2009-01-26 20:11 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(2)

越後33観音札所・巡礼記Ⅱ-1

昨日は久々の雪の中、予定どおり越後33観音札所の第2回巡礼に行ってきました。
途中、雪がやんだり青空が見えることもありましたが、最後まで雪と風の中、電車とバス、そして徒歩で柏崎市内の4ヵ寺・院を回ってきましたが、車では経験できないようなことが多くありました。

今日から回った順に載せていきたいと思いますが、“巡礼記”ということもあり、“である”調にしてあります。

それにしても、今日の青空!

この世はままならぬものです。

□第8番観音札所《不動院》(柏崎市)信越本線柏崎駅からバス30分(宮の窪)~徒歩10分
6時45分、まだ薄暗く、そして心配していた雪が降り続く中、家を出る。
道路圧雪による徐行運転のため、乗車駅を直江津駅に変更して信越本線で柏崎駅に向かう。
車中で朝食のオニギリとゆで卵を食べ、“あっちっち”のお茶でベロを焼いてしまう。
なにか不安な予感がする。

8時40分、さらに強くなった雪の中、バス停から徒歩で不動院に向かう。
鬱蒼たる杉木立の風情は第1番札所の岩屋堂に登る参道に似ている。
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前日の夕方、参拝のお願いの電話をしたとき、「車で来ないのはなにかある!」と、なにを感じたのかわからないがそう断言した住職って…と思いながら庫裏の戸を開ける。

開口一番、「おまえさんはなんのために回っている?」との問い。
「家族の健康を祈って…」と言う間もなく、「巡礼は一人ひとりが悟りを開くためのものであり、家族のためというような人間の欲望を満たすためのものではない!」、「今日来てくれたのは嬉しいが、おまえさんは甘い!」と一喝。
その後も数々の“説教”をもらい、とうとう読経は雪降る外で…。

バス停横の雑貨屋さんの「普段はあまり会えないんだよ」という言葉を喜んでいいのかどうか…と思いつつ次の7番札所に向かうバスを待つ。
しかし、発車時間を5分待っても来ない。
再び雑貨屋さんに尋ねると「さっきあんたがそこを回ってきたときに行ったわね」とあっさり。

村上春樹の小説の登場人物ならきっと「やれやれ」と言うのだろうが、「あらかじめ電話で発車時間を確認してあったのに…」と憤懣やるかたなく、しかし、次のバスまでなんと4時間近く待たなければならず、「きっと抗議してやるぞ!」と気分を切り替えて、約4kmの雪道を歩くことにした。
by mm-nadachi | 2009-01-25 20:44 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)