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巡礼記Ⅴ~行基、弘法大師、泰澄、聖徳太子~

先週は青梅マラソン参加で行けなかったので今週こそはと思っていたのですが、悪天候の予報(事実、土曜日は風も強く寒かったです)だったり、デジカメが修理中だったり、そして、体調的にも万全でなかったので、土曜日の夜までは行かないつもりだったのですが、日曜日の朝の青空が「さぁ、行こう!」と誘っているような気がして、デジカメも借りることができましたし、体調もなんとか回復してきたようだったので、急きょ午後から(午前は灘立農園で白菜や大根などを収穫したり、フキノトウを採ったりしてました)出かけることにしました。

もともと今週は長岡駅を拠点にして長岡市と小千谷市、見附市内の3札所を回る計画だったのですが、午後からの半日でしたので、見附市は次回にして、いつものとおりのんびりと信越本線で長岡駅に向かいました。

□第15番札所《千蔵院》(長岡市)信越本線長岡駅から徒歩10分
長岡市へは県立近代美術館や駒形十吉美術館、そしてリリックホールなどにはときおり行くことがあっても、駅前通りを歩くことはずいぶん久しぶりのような気がする。
だから厚生会館くらいしか印象に残っていなかったが、なんだか長い行列が続いていて、バス停にしてみたらどこ往きだろうと思っていたら、ケーキ屋さんの前からのようで、先日、テレビで見たシュークリームの特別格安販売(1ヶ39円!)だった(ちなみにかつて長岡市に本店がある銀行で勤務していた妻の話によると“美松”というお店らしい)。

残念ながらその列を横目に眺めながら、最初の千蔵院に向かう。
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千蔵院のご本尊は千手観世音菩薩で行基(668~749年)の作と伝えられている。
今、読んでいる梅原猛著「日本仏教をゆく」(朝日文庫)でも、行基については「木像仏を多く作ったことは疑い得ない」としており、仏像彫刻を泰澄から習ったのではないかと記されている。

泰澄は私のまちにある第一番札所“岩屋堂”の聖観世音菩薩を彫刻した仏教者であり、改めて33観音札所のご本尊の製作者をみてみると、最も多いのがこの行基で12体、次が弘法大師の5体、そして泰澄と(なんと)聖徳太子の4体が続く。

巡拝の楽しみは前にも書いたように初めて訪れるまちを歩くこともあるが、こうした歴史のある芸術性の高い仏像や観音堂、寺院を見ることも大きな喜びである。

当然、その中のいくつかは県や市町村の文化財に指定されているようであるが、こうした優れた建築物や仏像がもっと広く知られ、そして次の世代(時代)にも継承されていくことを願わずにはいられない。

□第14番札所《真福寺》c0187298_037272.jpg小千谷市)長岡駅からバス30分~徒歩15分
長岡の三尺花火をまだ直に見たことはないが、ここ小千谷市片貝も花火が有名で、商店街の看板も「花火と職人のまち」となっている。


千蔵院前から小千谷行き急行バスに乗る。

以前も書いたように今回の巡拝には自家用車は使わないで、電車とバス、そしてあとはひたすら歩くことにしているせいもあるが、今回ほどバスの有難みを感じていることはない。ただ、どのバスに乗っても乗客が少ないのは私の地域と同じである。
ますます進行する高齢化や地球温暖化など環境問題も含め、バスや電車など公共交通の果たすべき役割が大きいことは誰もが否定しないであろうが、今の車中心の流れを変えること、とりわけこの雪国においては不可能に近いことなんだろう。

だから、自分ひとりがボラに行くときには電車を、そして巡拝には電車とバスを使ってもそれは単なる自己満足にしか過ぎないのだろうが、さりとて今の自分にできることからすればこれからもこうやっていくしかないんだろうと思う。

閑話休題

仁王尊が大きな目を見開いて出迎えてくれる。

c0187298_0401215.jpgこの仁王尊、そして仁王門や観音堂も片貝や長岡の“職人”が安永(約230年前ころ)、そして弘化年間(約160年前ころ)に造ったものとのこと。
とくに仁王門の素朴にして精緻な彫刻が素晴らしい。











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これも今回の“遵守”事項だった“決して走らない”をとうとう破り、1時間に1本のバスにようやく乗り込む。

走ったのはちょうど1週間前の青梅マラソン以来で体が重い。
明日からまたラン練習再開しなきゃと思いつつ、汗だくの体を拭きながら帰りの来迎寺駅に向かう。

次回からは時間にゆとりをもってもっと“楽しむ”巡拝にしよう。
by mm-nadachi | 2009-02-24 00:27 | 越後33観音札所巡礼 | Comments(0)


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