カテゴリ:旅行( 66 )

一気に…九州です

九州へは3回くらい行ったことがあって(たしか…)、でも、別府はもう20年以上も前のことですが、それでもうっすらと街中に白い湯煙が昇っていた記憶があります
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それ以来の「海地獄」です
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ということで九州滞在初日は別府に泊まり、翌日は大分交通の定期観光バス「国東半島史跡めぐり」に乗りました

以下、訪れた順に一気に紹介します

宇佐神宮
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富貴寺
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真木大堂
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       *近くのお店でバーちゃんたちが…ん?!

熊野磨崖仏
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       *高さ8mの不動明王
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       *高さ6.8mの大日如来

両子寺
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総勢10名ちょっとのお客さんで、和気あいあい…とはいきませんでしたが、お天気にも恵まれ、お昼には大分名物の団子汁もいただきました
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       *近くの河原にジーちゃん、バーちゃんたちが…ん?!

そして、なんといっても宇佐神宮社殿と富貴寺は国宝ですし、真木大堂の仏像と熊野磨崖仏は国指定重要文化財であり、こうした優れた史跡や歴史的遺産に出逢うことができた大変有意義なバス旅でした

国東半島は魅力いっぱいの半島でした

この後、旧知の会に参加し、翌朝津和野へ向かった…ということでした

そうそう、さっきのジーちゃん、バーちゃんたちは案山子、カカシだったのです
あまりの自然さにびっくりでした
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by mm-nadachi | 2016-11-08 21:05 | 旅行 | Comments(0)

まとめて…九州です

ということで津和野駅を発ち、次の停車駅である徳佐駅に着いてしばらくしたら車両中に携帯電話の緊急地震速報の音が鳴り響きます
「オイオイ」と思う間もなく電車が左右にゆらりゆらり…
窓の外を見れば駅舎もゆさゆさ…

なのに(ですよ!)車内放送もなんもなく特急は発車します
「オイオイ、大丈夫なんかい!?」てなもんです
周りの乗客もどっか不安顔です
当たり前ですよね
「ただいま地震の影響を確認していますので…」くらいのアナウンスはあってもいいんじゃないのかしらね

それが10月21日14:07に発生した鳥取県中部地震だったんです(最大震度6弱)

結局、その後に乗った新幹線が地震の影響で約1時間遅れ、乗り継ぎの新大阪駅で走りまくって(!)弁当と本買って、なんとか特急はくたかに乗り込み、予定どおりにその日に帰ってくることができた九州旅行…ん?
そうでした
九州に行ってきたのでした
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でも、それは明日以降ということでもうしばらくお待ちください
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by mm-nadachi | 2016-11-02 23:43 | 旅行 | Comments(0)

津和野散策④~浅見光彦も買った「源氏巻」~

帰りの電車時間まで1時間を切り、ようよう安野光雅美術館に向かいます
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   *乙女峠を下ったところから美術館が見えます

おっと、その前にお土産を買いに行きます

「津和野殺人事件」で浅見光彦も買ってますし、散策しているときにあちこちのお店で見かけた「源氏巻」です
「どのお店で…」と考えましたが、こんなときは地元の方に教えてもらうのがいちばんと、お昼をいただいた駅近くの食堂から竹風軒というお店を紹介してもらい購入しました

それにしても源氏巻なんて、素敵なネーミングですよね

「名前の由来は、幕末に藩の御用菓子司が銘名を頂くため、このお菓子に紫色の餡を詰め込んで、藩主に進上した。この際、藩主の妻が紫色の餡に感動し、『源氏物語』の「若紫」に出てくる和歌「手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草」を詠んだ。それにあやかって「源氏巻」と名付けられたとされる。」とあります
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      *竹風軒のホームページから

やわらかな甘みがあり、とってもおいしゅうございました

さて、待ちに待った安野光雅美術館…のはずだったんですが、さほどの感激がないのです
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これまでなんどか展覧会等で生の絵を見たこともあるせいなのか、津和野散策があまりに新鮮だったせいか…ともあれ淡々と館内を見て回ります

こうしておおよそ4時間の津和野散策を終え津和野駅からスーパーおきに乗り、新山口駅に向かいます
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JR山口線っていうとSLやまぐち号が運行されていますが、これは冬期間を除く週末等の運行なのでもちろんこの日は走っていませんが、駅前にはÐ51型194号が展示されていました
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昭和14年3月の製造で、東北本線や信越本線などで205万kmを走った後、昭和46年から2年間ほど山口線を走っていたようです
信越本線ってことは新潟県内でも走っていたのかな?

そんなこんなで津和野駅を発ったのですが…
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by mm-nadachi | 2016-10-31 20:55 | 旅行 | Comments(0)

津和野散策③~赤いトンネル~

さて、そろそろ「津和野殺人事件」の舞台へと向います

『山陰の小京都・津和野、ここで隠然たる勢力を誇る旧家・朱鷺家には、ある秘密が隠されていた。一族をめぐる連続殺人!名探偵・浅見光彦は、「赤いトンネル」の記憶に呼び寄せられたと語る樋口母娘と出会い、ともに奇怪な陰謀に巻きこまれていった…。連続殺人の謎と意外な犯人像!?』

これは光文社文庫「津和野殺人事件」のカバーから引用したものですが、この中にある「赤いトンネル」とは…?!

それは日本五大稲荷の一つである太鼓谷稲荷神社の1,000本の朱色の鳥居が参道に連なっている様を表現したもので、「赤いトンネル」の下、おおよそ250段くらいの石段を上り切ったところに本殿がありました
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稲荷神社といえば…今年の3月、奈良の叔母の葬儀の帰りに寄った京都・伏見稲荷神社(写真下)でも同じ光景を目にしたことを思い出しました
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城址~神社の次は…教会です

ここも「津和野殺人事件」の舞台になっていて、長崎浦上のキリスト信徒を改宗させるために津和野藩に預けられ、そして殉教した多くの信徒を追悼する乙女峠マリア聖堂です
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“峠”という名からかなり上るのかと思いましたが、駐輪場から坂道を5分ほど歩けば、静謐な林の中にひっそりとマリア聖堂が建っています
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津和野にこんな痛ましい歴史があったことはこの地を訪れて初めて知りました
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そういえば殿町にはカトリック教会もあり、城下町に教会とは異な感じもしましたが、山陰の小京都と称される落ち着いた町並みにこともなげに調和していました
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by mm-nadachi | 2016-10-29 13:32 | 旅行 | Comments(0)

津和野散策②~いつか見た町並み~

津和野に着いたときは曇り空でもあり、自転車に乗ってると前日までの九州の暖かさに慣れた身体には風がちと冷たく感じます

まずは「道沿いの掘割にはしょうぶが咲き、錦鯉が群れて…」る殿町に向かいます
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この時期ですのでもちろん菖蒲が咲いてるはずもなく、ちょうど来年のために菖蒲の茎を短く刈りとっているところでした
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「錦鯉はどこ…」と掘割を覗けば、なんと濁ってるではありませんか
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「濁ってますね」
「昨日まではきれいだったんだけどね~。上流での工事のせいで今日は濁ってると思うんだけど…」

「あちゃー」としか言いようのない津和野散策のスタートです

次に向かったのが津和野城址ですが、まずはリフトで山頂まで上ります
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       *リフト山頂駅です

そこから約15分くらいケヤキやカエデ、そして松林の中の山道を歩きます
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途中には「クマの生息地なので…」という看板が立ってます
私の前後にはだれもいないし、「こんなことならクマ除け鈴を持ってくるんだった…」と思ってもどうしようもなく、今、SBSEで練習している『明日があるさ』を歌いながら城址を目指します
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山城ではあったものの明治初期の解城まではいくつかの建物もあったようですが、今は石垣だけに往時の名残りを見ることができます
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城址から見下ろす津和野の町並みです
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山裾に沿って津和野駅に向かうJR山口線の電車です
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こんな景色をどこかで見たことがあるような…
そうです
安野光雅の絵でなんども見かけたことのある津和野の景色なんです

さて、安野光雅美術館に行くまでもう少し散策を続けます
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by mm-nadachi | 2016-10-26 16:39 | 旅行 | Comments(0)

津和野散策①~始まりは安野光雅~

昨夜遅く2泊3日の遠出から帰ってきました
毎年一度集まる旧知の会が今年は別府であり、(得意の!)ついでの楽しみで国東半島と津和野を回ってきました
なので時系列的には別府から始めなきゃいけないんですが…津和野からにします

前回のブログに『カバンの中に「津和野殺人事件」を入れて…』ってあったのを覚えていますか?
この「津和野殺人事件」の著者は言わずと知れた内田康夫ですが、私にとっての津和野は安野光雅です
安野光雅が生まれ育った津和野に美術館ができたことを知り、いつかは…と、ずっと思っていました
でも、津和野はやっぱり遠く、なかなかその機会がなかったんですが、今回の別府行きにあわせて、ようやくの念願成就です

2泊目の別府のホテルを5:30に出て、別府駅6:06発の特急ソニックに乗り、小倉駅、新山口駅と乗り換え、約4時間かけてようようの津和野駅です
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    *これぞベップです
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    *JR九州の特急はスマート、かっこいいですね
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*新山口駅前で山頭火に遇いました『まったく雲がない笠をぬぎ』
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    *津和野駅到着

駅前のお土産店で自転車を借り、4時間の津和野散策に出かけます
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ということで、それは明日以降の(久々の)シリーズものでお楽しみください
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by mm-nadachi | 2016-10-22 22:14 | 旅行 | Comments(0)

虎の会、日光に集う③~雨の東照宮~

さて…虎の会旅行から2週間も経過し、農夫暮らしにどっぷりとつかりたいけどつかれきれない日々(?)を過ごしていますが、ともあれ初の日光・東照宮紀行もいいかげんに終わらせなければいけません

でも、その前に輪王寺にお参りします
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とはいえ、比叡山延暦寺と同じように、輪王寺という寺院は存在せず、日光山全体(の寺院)を総称して…のことのようで、写真は約50年ぶりに大修理中の三仏堂です

三仏堂とあるように千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音の三体が祀られていますが、そのお姿は
残念ながらはっきりとは見れず遠くからお参りだけして、さて、東照宮に向かいます

この日は朝から雨…雨…雨…
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しかも平日に加え、国宝の陽明門が修理中というのに、境内は一般参拝客や修学旅行のこどもたちで人…ひと…ヒト…
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それでも、雨に濡れながらもゆっくり1時間余り、荘厳な雰囲気に浸ることができました

そういえば旅行から戻ってきて数日後に『眠り猫と三猿を含む八面の彫刻を重点的に修理するため、彫刻を取り外す』というニュースを観ました
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こうした“平成の大修理”が終わったころ…平成35年度末くらいですが、今度はお天気の境内をゆっくりと歩いてみたいものです

こうして旅行も終わりに近づき、JR日光駅で奈良のTくん
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          *1912年建築の趣のある木造駅舎でした

そして東武日光駅で関東組とサヨナラです
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今度は2年後、みんなまた元気に会おう…ぜ!
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by mm-nadachi | 2016-06-27 21:10 | 旅行 | Comments(0)

虎の会、日光に集う②~バカ言ってんじゃないよ♪~

灘立農園までの農道脇はシモツケソウが鮮やかに咲いています
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畑では相方さんがキタアカリの収穫に汗を流しています
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今週はどうにも雨予報が多いので明日は早朝農夫でダンシャクの収穫です
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上田ではあんな青空だったのに、関東虎の会と合流した東武日光駅あたりではどんよりした曇空になっていました
合流してゆっくり話し込む暇もなく向かったのが…日光田母沢御用邸です
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私は初めて知ったのですがここは…
『日光出身で明治時代の銀行家・小林年保の別邸に当時、赤坂離宮などに使われていた旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部を移築し、その他の建物は新築される形で明治32年(1899)に大正天皇(当時 皇太子)のご静養地として造営』されたもので、『建物は江戸時代後期、明治、大正と三時代の建築様式をもつ集合建築群』で、『当時の建築技術や皇室文化を垣間見ることができる』とあります
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そんなとこにかなりワイワイとにぎやかに押し寄せた虎の会の面々でしたが、歩みを進めるにつれ、『四季折々の風情ある庭園と日光田母沢御用邸の100年に及ぶ荘厳な趣き』に言葉少なく、そういえばちと厳粛な面持ちで邸内を鑑賞します
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そんな風にせっかく厳粛な気持ちになったのに鬼怒川温泉での宴会では『3年目の浮気』をデュエットしてるんですもんね
それが同級会といえばそれまでですが…やれやれ
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by mm-nadachi | 2016-06-19 21:30 | 旅行 | Comments(0)

虎の会、日光に集う①~その前に上田城址公園にて…~

虎の会とは同級会の名称です
1950年=昭和25年は寅年なので虎の会…といういたって単純なネーミングで、私のように1951年=昭和26年の兎年生まれもいるんですが、そこはまー寛大な心です
その虎の会は最近は2年に一度、旅行に出かけることにしていて、今年は日光に集います
というのは名立虎の会と関東虎の会が日光で合流するから…なんです

その前に上田城址公園に立ち寄りました
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上田城址公園にはこれまで何度か来たことがあり、直近は(たしか…)2010年11月14日の輪行でした
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緑濃き“けやき並木”は涼やかな感じです
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で、この人波が向かうのは…
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今年はなんたって『真田丸』です
でも、観るもんなかったな~
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ということで早々に真田神社で旅の無事を祈ります
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by mm-nadachi | 2016-06-18 22:17 | 旅行 | Comments(0)

あっちゃい神社巡り②~明々魏々たる…妙義神社~

妙義神社に向かう車中から妙義山がくっきりと…のはずでしたが、この日は連日の暑さのせいか大気までボヤーンと霞んでます
妙義神社駐車場に着いても視界は晴れず、妙義神社でいただいたパンフにある(「そもそも妙義と云う所以は、後醍醐天皇に仕へ奉りし権大納言長親卿、此の地に住み給いて」)『明々魏々たる山の奇勝』(その後は…「をめで、明魏と名づけしものを後世妙義に改めた」と続きます)を目の当たりにすることは残念ながらできませんでした

ちなみに「魏々」とは ① 高く大きいさま ② おごそかで威厳のあるさま とのこと…
なるほど…ね~

県道脇の大鳥居からの参道はほぼまっすぐに天空に向かって…そんな感じの上り坂です
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総門~銅鳥居と進んで、さて、ここからが165段の石段です
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一段一段の段差もそれなりにあって、上りきってしばらくはハーハーゼーゼーです
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参拝が終わってからゆっくりと本殿周囲の荘厳で華やかな彫刻の数々を見て回ります
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貫前神社での説明では貫前神社の創建が江戸時代初期であったためまだ彫刻類はなかったが、江戸時代中期(1756年宝暦6年)に創建の妙義神社には立派な彫刻がほどこされていますので…とあったのがこれなんですね
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この後、社務所で持参のお弁当を食べ、群馬・富岡市内のふたつの神社巡りが終わりました

そうそう
この神社巡りが私の3年間の氏子総代としての最後の“お役目”になりました
この3年間で祇園祭と初詣だけだった神社がずいぶん身近になりました
とはいえ、日々の暮らしの中での神社との関わりがいきなり増えるということではなく、あくまで“気持ちの中で…”という思いが3年前より強くなったのは確か…です

ということで、今度は10月13日の秋祭りです
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by mm-nadachi | 2015-08-10 20:39 | 旅行 | Comments(0)