秋の中越路~栃尾と山古志~

9月中旬までのダラダラした雨模様からようやく秋晴れが続くようになって…気がつけばうっすら紅葉が始まっています
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灘立農園ではコスモスとススキが仲良く風になびいていますし、アキアカネもコスモスを背にひとやすみです
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先日、そんな秋が深まる農園を休園にして、栃尾~山古志方面へ行ってきました

これは旧栃尾市(現長岡市)の菅畑地区にある農村レストラン&農産物直売所「すがばたけ」です
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このレストランを経営する農事組合法人越後田舎の親類村はこの周辺に何棟ものビニールハウスで野菜を栽培したり、20町の稲作のほか、新潟地鶏の飼育など、20数年前から取り組んできた集落営農をベースとした地域活性化に取り組んでいます
「中山間地域の集落形成と維持発展のためには農業だけではなく、総合的な地域づくりが必要」という考えで地域づくりを実践してきた…とのこと
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              *長岡菜…というらしい

この日はレストランで新潟地鶏を使った親子丼定食のうまさに感激した後でビニールハウスを見て回っただけで、残念ながらこの法人の取組みの全容を窺い知ることはできませんでしたが、国道から山道を登り、田んぼの真ん中のある20~30席のレストランが平日のお昼にもかかわらずほぼ満席になるんです
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先日、名立でがんばる二人を紹介しましたが、名立にも美味しい米も野菜も(地鶏はないけど)牛もいる!
お気楽農夫が言うことでもないんですが、「ここには高速道路も新幹線もない」菅畑に比べ、そのどっちもある(んだろうな~)名立の現状は…と、どうしても思ってしまいます

その次に向かったのが10年前の中越地震で甚大な被害を受け、全村避難を余儀なくされた旧山古志村(これも現長岡市)です

あの日、私はなぜか職場にいて、地震発生と同時にそれまで感じたことのない揺れにとっさに机の下にもぐりこんだんですが、そのとき耳にした4階の防火シャッターが閉まっていくガシャンガシャンという音を今でも覚えています

それはさておき、震源地に近い山古志では震度6を記録し、家や牛舎の倒壊、棚田や畑などの地滑り、道路の寸断による孤立など、その被害は壊滅的なものでした
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      *水没したままで“保存”されている家屋です

その当時のことを今さらながらですが「やまこし復興交流館おらたる」で知ることができました
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      *説明している担当者は当時小学生だった地元の青年です

この施設は「中越大震災で体験したことや復興に向けて積み重ねた経験を後世に伝える」とともに「牛の角突き、錦鯉、棚田など、山古志の魅力を全国に向け情報発信する施設」でもあり、10年経った今でも復興に向けて取り組んでいる山古志魂を感じることができました

名立以外のいろんな土地を訪れて、その土地の自然、風土、食、人々などに触れるのは楽しいですし、こうしていろんなことに気づかされます
もちろんいつもそんなこと考えて歩き回るわけじゃありませんし、たとえなんかに気づいたとしてもそれもなかなか簡単にできるもんではないですが、でもやっぱりいろいろ歩いてみるのは楽しいですね
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by mm-nadachi | 2015-10-09 23:20 | ふと思うこと | Comments(0)


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