エビネとシャガ~雁田神社春祭り~

わが家の玄関前の庭地におやじさんの“遺品”がふたつあります
生前は専用の鉢で育てていたのを地におろしたエビネと石工の合間に作った(石の)カエルです
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エビネは毎年この時期に咲き、そのたびになんとなくおやじさんを思い出すわけで、親不孝な息子に親を思い出させるために毎年忘れずに咲いてくれてる…ようなもんですね
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最近はあまり見かけることが少なくなった大きなコイノボリを3代目と4代目が見上げています
わが家のは先日ご覧いただいたちっちゃなものですので、ここはどこ?
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午後、3人で雁田神社の春祭りにやってきました
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市のHPから雁田神社をご紹介します

「享保3(1718)年、ある百姓が畑を耕していると「陰・陽」を象った石が出てきました。
珍しい石、と持ち帰り、庭石にしたところ家族が次々と病いに倒れました。
子の代になった文政2(1819)年、枕もとに貴人が現れ「珍しいモノ扱いでなく、敬い祀るなら『産霊』の幸せを授け願い事も叶える」と告げたため、祭り直したのがこの社の始まりといわれています。」
ということはもうじき200年にもならんとしている神社で、この謂れから「現在は出産、安産、婦人病の神様として多くの参拝者が訪れます。」と続いています

そうなんです
4代目の誕生についてはこの雁田神社抜きには語れないわけでして…
彼は雁田神社にお参りしてから間もなく授かったという、M家にとってはとてもありがたい神社なのです
なのになかなかお礼参りができずにいたのですが、今日ようやくの雁田神社ということになりました

そういう私も雁田神社の春祭りは初めてで時間がよくわからず、私たちが着いたころにちょうど神事が終わったようでしたが、せっかくなので奉納の神楽を少し観て帰ってきました
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雁田神社の往時を物語る一文が名立町史にあります

名立で初めて路線バスが運行されたのは昭和3(1928)年4月で、旧名立駅前から平谷間を通ったとのことです。
昭和10(1935)年ころのバス賃は旧名立駅⇔平谷で40銭であり、当時の日当35銭より高く、バスを利用する人は老人か病人、あるいは急用のある人くらいであり、利用者は少なかったようです。
ただ、5月8日の雁田神社のお祭りのときだけは直江津や高田あたりの人たちが列をなして来たので、バスも臨時運転するほどであったらしいです。

80年ほど前はきっとにぎやかなお祭りだったんでしょうが、今日は私たち3人を含めても15人くらいの参拝者でしたが、春の訪れを祝い、今年一年の無事や豊作等を心静かに願うにはちょうどよかったのかもしれません

帰り道の脇にはシャガの群生です
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by mm-nadachi | 2015-05-08 23:37 | 名立に生きる | Comments(0)


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