2014駅からウォーキング④~懐かしの旧名立駅~

そんな状況のなかで15歳の関川少年が見たのが『鳥が首岬の向こうから長い長い貨物の編成を重たそうに、だが懸命に引いていたD51』で、その『逞しい健気さにやや勇気づけられた』そうです

そして、このようにも…

『直江津の市街をすぎると舗装はとぎれた。これまでにないひどい道だった。穴だらけで埃だらけ、脇を走る北陸本線はトンネルだらけだった。鳥が首岬をまわってくる蒸気の姿に私が束の間心を奪われたのは、そんなときだった。』

関川少年が見かけたのはきっとこんな姿だったのでしょうか…
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              *旧名立駅を走るD51…ただ方向が逆で糸魚川方面に向かっています

そして、ここが鳥が首岬を回ったところです
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ここから少し歩くとかつて名立駅があったとこで…ここで名立駅移転の背景・経緯と名立崩れについて簡単に説明します
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旧名立駅の写真がなかなか見つけることができなかったのですが、それも今回ようやくお借りすることができました
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旧駅舎は左側に見える建物です
奇しくもこの日とほぼ同じアングルのような気がしますが…そうです、こんな感じでした
高校時代、雨や雪以外の日はガタガタ自転車で通った駅舎です

そういえば、駅前道路はやっぱり未舗装ですね
この道を関川少年は自転車で走ったんですね

名立崩れは1751年4月、高田を震源地とする高田地震が引き起こした地滑りで、高さ100㍍、約1㌔に及ぶ崖が崩れ、当時の名立小泊村に暮らしていた人の約8割(約400人)が死亡したと記録に残っている大災害で、その跡が今もこうして小泊地区に覆いかぶさっている感じです
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そして、この名立崩れの“遺品”というのが同じ小泊地区の宗龍寺に伝わる「竜宮の鐘」で、名立崩れから100年以上経った明治の初め、海から異様な海鳴りが聞こえてくるようになり、ある日、漁師仲間が海中から引き揚げた鐘で、安土桃山時代以前の作とのことです
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                 *宗龍寺前にて
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                 *竜宮の鐘

こうして名立の歴史にも触れながらの約5㌔のウォーキングでしたが、今年はゴールを公民館にし、みなさんからゆっくりと“つみれ汁”を味わっていただきました
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さて、来年は西か…東か…はたまた南か…
ちなみに北は日本海なので…なしです

どうぞお楽しみに!!
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by mm-nadachi | 2014-10-07 20:26 | 名立駅マイ・ステーション作戦 | Comments(0)


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