これしきの風の中、糸魚川のまちを歩く

昨日の23℃の熱風から今日は10℃でも寒風に感じるような一日でした
でも、“これしきの風”でへこんでいるようでは真の農夫にはなれません
そんなカッコウいいこと言ってもやっぱり寒かったし、おまけに外は黄砂来襲だったので、午前は車庫でドウの挿し木とキャベツ、ブロッコリー、カリフラワーのポット播種などをしていました
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どれも時期的に適切なのかどうかはよくわかりませんが、少し前から気になっていたことだったのでともかくのヤレヤレでした

そして、午後は糸魚川(駅)レンガ車庫のさよならコンサートを聴きに電車で行ってきました
このレンガ車庫はあのタイタニック号が沈没した1912年(大正元年)に建てられたもので、正式には糸魚川運転センター検修庫というらしいんですが、2014年に金沢駅まで延伸予定の北陸新幹線工事に伴い解体破棄されることが決定されていて、今日は《おつかれさま!赤レンガ車庫 さよならコンサート》がその赤レンガ車庫で開催されることになっていて、いつも演奏ボラのパートナーをお願いしているSさんが所属する糸魚川吹奏楽団も出演するということで…

ただ、糸魚川駅に着いてからかなり時間があったのでブラブラと駅前を歩いてみたのですが…そこで思いついたのが駅から歩いて5分くらいのところにある相馬御風の生家でした
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お向かいの管理人さんから格子戸の鍵を開けていただき、家の中をこと細かに説明していただきました
御風はこの地で1883年(明治16年)に生まれ、暮らし、そして1950年(昭和25年)に亡くなったんですが、糸魚川もなんどか大火に見舞われたこともあり、この家は1930年頃の建築で80年くらい経っているそうです
そして、御風が亡くなって2年後の1952年に県の指定文化財になり、今は市の所有になっているものですが、建物は建築当時のままのようで、応接室として使っていた部屋(洋間)にはかなり古くなった机と籐椅子のセットがあったりもして、御風の暮らしぶりの一端が偲ばれましたが、「この机で御風は亡くなっていたらしいんです」という2階の書斎の文机の前ではその情景が目に浮かんでくるようでさすがに身が引き締まる思いでした

糸魚川駅から日本海まで直線的には400mくらいでしょうか…
御風宅の後で向かった赤レンガ車庫の中にもにこれでもかというようなに海からの冷たい風が情け容赦なく吹き込んでいて、さぞかしSさんたちも寒くて演奏も大変だったかと思います
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お疲れさまでした

そうそう
御風といえば早稲田大学の「都の西北 早稲田の杜に…」で有名ですが、私が卒業した名立小学校の校歌も御風作です
そして、今日伺ったお話ではなんと県内158校、県外72校もの校歌を作っているんですって…
ということで相馬御風作の名立小学校の校歌です


びょうぼうひらくる日本海 
おきべにかすむ佐渡島
ときわの松を吹く風の
きよくさやけき我が郷土


ああ美しきこの里の
未来の使命おうはたぞ
くがの宝も海幸も
人の手なくはなにかせむ


雪降る朝も 暑き日も
たゆまず通う学び舎に
みよ聖代の光みち
学びの花をさかゆるを


いざや我が友たゆみなく
心を磨き身を鍛え
正しき道をひとすじに
いずこまでともすすまばや

なお、恥ずかしながら校歌はせいぜい1番くらいしか思い出せずに、試しにネット検索したら…あった!!
「出身地の新潟県西頸城郡名立町(現上越市名立区)のいろいろな情景を徒然に綴っていきます」という「名立の風景」というブログでした
へー
今度じっくり読んでみようと思います
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by mm-nadachi | 2010-03-22 00:27 | なんでも | Comments(0)


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